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コラム 日本競馬の覚悟が問われる、新3歳ダート3冠路線

2022年6月20日。もしかしたら初めてかもしれない、JRAとNARの背広組が同席した記者会見の場で、2024年から3歳ダート3冠を新たに制定することを公表。またそれを頂点に世代限定戦全体の番組整備に着手(2歳限定戦は2023年より開始)すると明らかにされた。世代限定戦の整備・拡充は、ダート競馬に於ける積年の課題。その成否はダート競馬のみならず、日本競馬の行く末をも左右する可能性がある。そこでここでは2024年から開始予定の新3歳ダート3冠を中心に、多角的に考えてみたい。

・3歳ダート路線が発展しなかった、様々な要因

3歳ダート3冠の概念は、1996年に1度整備(当時の表記は4歳)されている。この年から中央にも門戸を開放されたダービーグランプリ(以降、ダービーGP)を3冠目として、1冠目に位置付けられたユニコーンステークスが中央で、2冠目とされたスーパーダートダービーが大井で新設。9月末からの約2ヶ月で3競走を駆け抜けるこの路線は、大きな注目をもって迎え入れられた

ただし翌1997年に制定されたダート統一グレード(以降、統一グレード)で、統一GⅡに甘んじたスーパーダートダービーを主催する大井から、不満があったという声が聞かれた。また1998年のダービーGPが大雪で中止・順延となったことで、開催日程に対する不安も露呈した。それらが交錯する形で、大井は1999年にジャパンダートダービーを新設。7月に設定されたこの競走は統一GⅠに格付けされ、3冠体系はあっさりと崩壊したのである。

その後も3歳路線は、外的要因によって揺れ動く時代が続く。まず2001年にJBCが創設されたのに併せ、ユニコーンステークスは6月に、ダービーGPは9月に移行。これにより全国的に3歳路線の終了時期も前倒しされた。更にこの年の中津競馬廃止に象徴される地方競馬全体の売上減少に伴い、最大年間8競走(注)組まれていた3歳限定のダート統一グレードは、その後次々と消滅してしまった。

そして忘れてはいけないのが、2006年から地方競馬で始まったダービーウィーク(現ダービーシリーズ、以降同じ)だ。おらが街のダービー馬がジャパンダートダービーを目指すという理念が、3歳路線を内向きのベクトルに向かわせ、路線拡充の障壁となってしまった。消滅分を穴埋めする目的で、中央は2009年にレパードステークスを新設したものの、3歳限定の統一グレードは以降、年間5競走で固定化されたのである。

(注)廃止された3歳限定の統一グレード(カッコ内は統一グレードとしての実施期間)

スーパーダートダービー(大井・1996~1998)

グランシャリオカップ(道営(旭川)・1996~2003)

名古屋優駿(名古屋・1996~2004)

サラブレッドチャレンジカップ(金沢・1999~2004)

ダービーGP(岩手(盛岡)1996~2007)

なお1999年新設のジャパンダートダービーは、旧スーパーダートダービーの回次を引き継いでいない。また2007年のダービーGPは、直前に発生した馬インフルエンザの影響で、格付けを返上した上で岩手ローカルにて実施した。

・新3歳ダート3冠路線の概要と、それに対する疑問の声は

現行の3歳路線になって10年以上固定化される中、近年は古馬統一GⅠで結果を出す3歳馬も増えてきたが、ほぼ例外なく春までに世代トップクラスの実績を積み重ねた馬。夏以降に結果を残した3歳馬が、その年のうちに古馬統一グレード戦線に参戦するケースはまだ少ない。それ故にダービーシリーズが盛り上がる一方で、3歳路線をどうするか議論が停滞していたことは、もどかしく感じていたのは確かである。

そんな中で行われたのが、冒頭で触れた新3歳ダート3冠路線制定を中心とする、世代限定戦の体系整備に関する発表だった。ここでその概要を改めて紹介しておきたい。

1.羽田盃と東京ダービーを統一グレード化。統一GⅠの格付けを与え、ジャパンダートダービー(10月上旬に移行し、レース名も変更予定)と併せ、3歳ダート3冠競走に位置づけ

2.兵庫チャンピオンシップを1400mに変更し、3歳ダート短距離路線の頂点に位置づけ(格付けは統一GⅡのまま)

3.頂点に向けた体系整備のため、2歳秋から3歳春までに高額賞金の重賞級競走を新設(体系整備の検討は、2020年にJRAとNARが共同で設立した「ダートグレード競走改善研究会」が主導的役割を担うとしている)

ここからは3歳ダート3冠を中心に話を進めていくが、総論的には期待する声が多く聞かれる一方で“これで良いのか”という疑問や批判の声も少なくないその声を集約すると、おおむね以下の3つに集約されると私は感じている。

A.3冠全てが大井で開催される『一極集中』に対する是非

B.東京ダービーが“おらが街のダービー”でなくなるという『嘆き』

C.中央主催で行うべきという、JRAだけが発展する競馬界が正しい姿と考える『偏見』を持ち出す人

このうち最後については紙幅がいくらあっても足りないので、ここでは「その『偏見』が日本の、そして世界の競馬産業の発展を阻害する」と、その思想を全否定するだけに留めておく。そこでここでは、それ以外の2つの視点から考えを巡らせることにする。

・“一極集中”は苦渋の選択でもある

まずは3歳ダート3冠の全てが大井競馬場で行われることを考えたい。そもそも統一GⅠを行う要素の1つに、高額賞金がある。その意味で最も賞金が低い1冠目の羽田盃でも総額1億円近い賞金・手当(注)を担うのは、売上が回復した現在でも決して軽くない。また体系整備のために用意される高額賞金競走は、大井以外の主催者で担う可能性が高い。それらを踏まえれば、地方競馬最大の売上を誇る大井で全て行うのは、理にかなっている部分もある。

だが本当に大井以外は不可能なのか。例えば現在地方全国交流で実施しているダービーGPを、再度統一GⅠに戻す案はどうか。これは岩手競馬が週末メインで開催しているため、統一グレードに戻すなら9月の祝日か、あるいはマイルチャンピオンシップ南部杯との同日開催しかない。しかし前者では東京ダービーから間隔が短くなるし、後者は売上面でどういう影響が出るかわからない。3戦全て平日ナイターで、日程面で多少の揺らぎも許容される大井と比べ、日程面の選択肢がないために受け入れ難い立場になっている気がする。

つまり3歳ダート3冠を大井集中開催で整備することにしたのは、苦渋の選択でもあったのだ。と同時に、現状のダービーGPを2024年以降に維持しようとすれば、地方所属の3歳馬を統一グレードからより遠ざけるだけになりかねず、ダート競馬の発展をかえって阻害することも明らかになったのではないか。そして同様の立場になりそうな競走は、何もダービーGPだけではない。体系整備の中で全ての主催者が、既存の競走全てをその視点で再検討されるべきと考えている。

なお大井集中開催に際し、3歳ダート3冠のいずれかを、昨年から試行されている左回りコースで実施してはという声がある。これは今年3月に掲載したコラム「導入された大井左回り。拡大に向けて見えてきた課題とは」でも触れたように、舞台に立つ騎手が安全に競馬ができるとして、拡大へのゴーサインを出すことが前提だ。それがクリアされた場合、候補となるのは3冠目。左回り2000mを行えるシュートを作った段階で、変更してはと思っている。

(注)地方競馬で実施される統一グレードは、JRAより賞金の一部補助があるため、その全額を主催者が負担しているわけではない。

・ダービーは、内なる競馬の象徴ではない

一方で東京ダービーの統一グレード化を受け、一部の南関東の厩舎関係者やファンから“おらが街のダービーがなくなった”という声が上がったと聞く。ではそう嘆く人に対して、私はこう問いたい。10年以上前から北海優駿を地方全国交流としているホッカイドウ競馬や、ダービーシリーズ加入に併せて高知優駿を地方全国交流とした高知競馬には“おらが街のダービーはないのか”と・・・。

私自身、かつて「ダービーなき競馬は競馬にあらず」と語ったこともある(『テシオ』1999年ダービーGP特集号・巻頭言)ように、ダービーはいかなる規模であれ、競馬の根幹を為す競走だ。またそこにフォーカスを当てたことが、ダービーシリーズの成功につながっていることも理解している。だがダービーは内なる競馬の象徴ではないし、してはいけない。何なら東京優駿だって、JRAという街(=一主催者)で行われる“おらが街のダービー”なのだから。

だから私は言いたい。“所属の既得権”に守られているこれまでの東京ダービーも、門戸が開放される2024年以降の東京ダービーも、南関東を舞台に戦う人馬にとって“おらが街のダービー”であり続けることは変わらない・・・と。そして自らの競馬の根幹にある東京ダービーを内側の人間が否定しては、今やっている自らの競馬全てを否定することになりはしないか・・・と。

・新たな責務を前に、日本競馬は覚悟はあるのか

私はこのブログに掲載するコラムで、日本の競馬はどこかに所属しなければ参加できず、それが生む既得権の上で成り立っていることを何度も指摘してきた。しかしそれは守るものではなく、日本中どこの主催者の競走でも障壁なく目指せる“所属という既得権”がない環境こそ、目指す理想だと考えている。その意味で東京ダービーの門戸が開かれることは、理想に向けた通過点と捉えるべきだと思っている。

だからこそ東京ダービーを頂点とする新3歳ダート3冠、およびダートの世代限定戦を機能させ、発展させることは、日本競馬に課せられた新たな責務である。そのために求められることは、下支えできる競走をどれだけ整備できるかを含め、全ての主催者と関係団体が、その覚悟を持って取り組めるかどうか。そして私を含むメディアが、盛り上げるための情報を広く伝えることが必要ではないだろうか。

それだけに冒頭で紹介した記者会見の光景に、私は一抹の不安を覚えた。JRAとNARの背広組が並んだことは歴史的一大事だったが、トップが登壇したNARに対し、JRAの人間はトップではなかった。カメラが入る記者会見にJRAのトップが登壇したことは歴史上なかったと記憶しているが、それでもあの場にトップいなかったことに、JRAの覚悟を感じなかったのは私だけではないと思いたい。

“交流元年”と呼ばれた1995年から四半世紀以上経過したが、そもそもダート競馬の発展に向けた道のりは、まだ道半ばである。ダート競馬に於ける核的存在になったといえるJBCも、それに見合う売上はもちろん、社会的評価も得られていない。その中で新たな責務ができた訳だが、これをダート競馬全体の発展、そして日本競馬発展に向けた新たなエンジンになることを切に願っている


by hirota-nobuki | 2022-08-31 18:00 | コラム | Comments(0)

地方競馬・ダート競馬の発展を願ってやまない博田伸樹(ヒロタ・ノブキ)です。この場を通じて地方競馬・ダート競馬により興味を持つ人が1人でも増えてほしいと願っています。 twitter:@HirotaNobuki


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