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コラム 再開した笠松競馬。今、問われるのは“主催者の覚悟”

さる9月8日、現役騎手などの厩舎関係者による不適切事案により、約8ヶ月にわたって開催を自粛してきた笠松競馬が再開した。再開を前に行われたセレモニーにおける岐阜県調騎会の後藤正義会長(調教師)の謝罪の挨拶は、二度と関係者やファンを悲しませることはしないという誓いとともに、本来あの場に立って謝罪しなければならなかった元関係者に対する怒りが込められていたように感じた。私自身もこの件に関し、どういう言葉を紡げばよいかずっと迷っていたが、競馬を愛する1人として、どうしても指摘しておきたい話がある。

・今、笠松にいる厩舎関係者は“覚悟を決めた人”たち

笠松競馬が再開して2開催が終了した今も、関係者に対する非難の声は収まったとはいえない。事案が事案だけにその声を消し去るまで長い時間が必要なことは間違いないが、今も笠松競馬にいる厩舎関係者に対しては、実は私はそれほど心配をしていない。それは今、笠松競馬にいる厩舎関係者は、笠松競馬で生き抜くと“覚悟を決めた人”たちと考えているからである。

今度同じような事案を起こせば、今度こそ笠松競馬の歴史に終止符が打たれる。そしてその時、厩舎関係者は(それに全くかかわっていない人でも)競馬界に残ることができないことを理解した上で、笠松競馬とともに歩むと決意した人たちだからだ。

長い自粛を経験した今いる厩舎関係者はこの自粛期間を忘れず、真摯に強い馬づくりに、いい競馬を繰り広げることに取り組んでくれると思っている。そしてこの苦しんだ時間は、これから笠松競馬で馬づくりに携わる人たちにも伝え、共有し続けることも同時に取り組まなければいけない。それを永久に続けることで、信頼回復に近づいていくと思っている。

・県知事はこの不適切事案にどこまで向き合っているのか

では主催者は、どこまでこの不適切事案に真剣に向き合っているだろうか。それを考える上でどうしても引っかかっているのが、5月14日付で岐阜県地方競馬組合(岐阜県・笠松町・岐南町で構成、以降“組合”)の管理者が、古田聖人笠松町長(副管理者に降格)から河合孝憲岐阜県副知事(以降“副知事”)に交代した人事である。組合のトップが町から県に変わったことを好意的に捉える声もあるようだが、ではなぜ選挙の洗礼を受けていない副知事なのだろうか

これは恐らくだが、笠松競馬の再生に向けた“覚悟”を、古田肇岐阜県知事(以降“知事”)が持っていないからではないだろうか。何故なら組合を構成するトップの自治体の首長は、存廃を決断できる存在であるから。しかもその場面において、多かれ少なかれ政治的な責任も負うことになる。にもかかわらず組合の管理者(=責任者)とならないことは、この事案に真剣に向き合っていない、また信頼回復を目指す厩舎関係者に向き合わないと捉えられても仕方ないと考えている。

再開当日の9月8日に知事は笠松競馬場を訪ねてレースを観戦し、メディアに対してコメントも残していたが、再開セレモニーには登壇しなかったこともその延長線上だろう。しかし現場組が苦しんでいる時ほど、背広組(主催者)が見捨てていないというメッセージを、選挙の洗礼を受けた政治家が発する必要がある。それが現場組のモチベーションを保つことにつながるし、再生に向けたエネルギーにもなるのだ。

・トップが見捨てなかったことで再生につながった高知競馬

では自治体のトップが見捨てていないというメッセージを、再生につなげた主催者はあるのか。それは間違いなく現在の高知競馬である。

高知競馬は1985(昭和60)年に現在地に移転した際の建設費や売上減少などの理由で、累積赤字が最大88億円にまで達した。しかし2003(平成15)年に管理者でもあった橋本大二郎高知県知事(当時、以降“橋本氏”)が、新たな赤字を作らないことなどを条件に、血税によって累積赤字を清算する政治決断が行われた。その後も綱渡りの経営が続いたが、それでも関係者が踏ん張れた理由に、橋本氏の姿勢があったと考えている。

実は1991(平成3)年12月に橋本氏が高知県知事に就任した直後、高知県知事賞当日の高知競馬場を県知事(=管理者)として初めて来場している。当時はバブル経済の恩恵で売り上げが好調な時期だったが、その後存廃問題が明らかになってからも高知県知事賞当日は高知競馬場に来場し、ファンの前で挨拶を行い続けたのだ。

たかが年に1度と思うかもしれないが、これはお互いに現実を知る・知ってもらう機会でもある。その積み重ねが橋本氏はその地位を選挙で失うリスクがあっても血税投入という政治決断につながっているし、厩舎関係者はそれを汲んだ上で心の支えになったはずだ。その意義を認めているからこそ、高知県知事賞当日の高知競馬場に県知事が来場して挨拶することが、今や伝統となってその後に就任した高知県知事にも受け継がれている。そうした積み重ねなくして、今の高知競馬の隆盛はありえなかったと考えている。

・背広組の努力なくして競馬の発展はない

話を再び笠松競馬に戻すが、ここで1つ補足をさせていただく。それは管理者人事の背景には、一連の不適切事案を受け、笠松町と岐南町が一時的に指定市町村(注)から外れていたことと無関係ではない。そのため副知事が管理者となった現在の人事は、暫定的なもの…つまり笠松町長に管理者を戻す将来を否定しないためである可能性がある。その意味で今後数年は、管理者クラスの人事に注視する必要があるとみている。

もしそうだとしても、現知事が笠松競馬に無関心でいいという理由にはならない。苦境にある今こそ、選挙の洗礼を受けた県政のトップにある知事が、背広組の象徴として積極的に笠松競馬を支える行動を起こすべきなのだ。それは現場組が再生に向けたモチベーションとなるし、背広組の士気にもつながる。また併せてその姿勢は、問題を起こさないための監視力にもなる。つまり競馬の発展に必要なことは、強い馬づくりに取り組む厩舎関係者に報いるために、背広組が汗を流すことなのである。

再生に向けて厩舎関係者が覚悟を決めて一歩を踏み出した今、その彼らを支える主催者の、そして政治家の覚悟が、誰からの目でも理解できる状況が今の笠松競馬には必要だ。それだけに知事が前面に立たなくても批判されにくい人事をしたことに、不安を覚えている。そう指摘する1番の理由は、再開セレモニーにおける副知事(管理者)による謝罪に、その強い覚悟が感じられなかったからである。

(注)市町村が地方競馬の主催者となるには、競馬場所在地などの要件がある。指定市町村とは、それにより主催権が与えられている市町村を指す。なお大井競馬を主催する東京23区(特別区競馬組合)は、23区合わせて市町村と同一とみなされている。


by hirota-nobuki | 2021-10-01 12:00 | Comments(0)

地方競馬・ダート競馬の発展を願ってやまない博田伸樹(ヒロタ・ノブキ)です。この場を通じて地方競馬・ダート競馬により興味を持つ人が1人でも増えてほしいと願っています。 twitter:@HirotaNobuki


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