ショートコラム 飯舘から競馬の灯が消えたことから考える・・・東日本大震災から8年
2019年 03月 11日
8年前の3月11日に発生した東日本大震災。これによって引き起こされた福島第一原子力発電所の爆発事故により、福島県内の広い範囲で避難を余儀なくされただけでなく、住民は故郷に戻ることすら困難になってしまった。NT飯舘はまさにその地区にあった場外発売施設で、震災発生直後から全ての業務が停止。2017年3月末で飯舘村に出ていた避難指示は解除されたものの、施設の損傷などにより経営が困難と判断され、廃止に至ったのである。
東日本大震災は、公営競技関係者に“平穏な日常”がなければ開催できないことを痛感させた。一方で発売施設は“日常の中にある非日常”として、地域のコミュニティとしての役割も担うこともある。その意味で飯舘の廃止は、無視することはできない。何せ震災によって公営競技の発売施設が消滅した街は、結果的に飯舘だけだった(注)のだから。
しかし津波によって壊滅的な被害を受けて一旦廃止された「テレトラック釜石」が、震災から約3年半経った2014年10月に再建された例もある。自然災害が多い我が日本では今後も様々な自然災害が襲ってくるだろうが、その復興を進める中で“非日常における地域のコミュニティ”を、地方競馬を含む公営競技の発売施設に求める可能性はある。それに応えるために必要なのは、公営競技そのものの社会的評価。それを上げていく努力を、競技の枠を超えて取り組んで欲しいものである。
(注)東日本大震災によって廃止された公営競技発売施設は、他に競輪の「平場外」がある。しかしこれはいわき平競輪場の近接施設なので、街から発売施設が消滅したわけではない。
